リベラルアーツ英語検定クイズロミオとジュリエット > 2015年10月15日更新分(1/1)

《第62問》
 『ロミオとジュリエット』には異国や外国人を連想させる装飾品や品々についての言及が多くなされるが、「豪華な宝石」("a rich jewel")は次のどの外国人と連想付けられているか?

正解

不正解

解説

 シェイクスピアの想像世界は極めて「国際的」であり、劇世界が提示する想像空間においてはいつも多様な人種や文化について彷彿させるくだりがある。
 'a rich jewel' という言葉は、第一幕第五場でロミオがジュリエットを初めて見たときに述べる独白の中に、次のようにでてくる。

  O she doth teach the torches to burn bright!
  It seems she hangs upon the cheek of night
  As a rich jewel in an Ethiop's ear ― (1. 5. 42-44)

ロミオはジュリエットの美しさをエチオピア人の耳('an Ethiop’s ear')に飾られた宝石に喩えているのである。Ethiop とは当時の英語でアフリカ系の黒人を総称していたと一般的には考えられているため、松岡氏をはじめとする翻訳家は「黒人」と訳している。

 松岡訳)
  ああ、松明に明るく燃えるすべを教えている!
  黒人の耳を飾る豪華な宝石のように
  夜の頬を飾っている。

より詳しい解説を読む

しかし、シェイクスピアの芝居では、エチオピア人という括りは、少なくともムーア人(Moor)やエジプト人(Egyptian)などとは区別され、ある特定の人種を指す語として類型化されていたように思える。というのも、例えば、オセローは、同じアフリカ系の黒人であるがムーア人という名で呼ばれている。この人物を演じた役者は、肌を黒く塗ると同時に、イスラム教国のスルタンを連想させる豪華な衣装を着て舞台に登場していたことが様々な資料から推定できる。また、クレオパトラもアフリカ系人種ではあるが、Ethiop とは呼ばれない。クレオパトラを演じた少年俳優は「エジプト人」らしい装飾品を身に着けて登場しただろう。当時のイングランド人の感覚では、「エチオピア人」として分類される人種(特に女性)は、肌が黒い('swarthy', TGV , 2. 6. 26)という特徴の他にその黒い耳に輝く豪華な宝石の装飾品が連想付けられていたと考えられる。あるいは、Ethiop と呼ばれる人種(マーローもシェイクスピアも蔑視語として使用する傾向が強い)は、(クレオパトラなどとは違い)そのような豪華な宝石の似合わない黒人として表象されていたのかもしれない。
 タタール人が言及されるのは、第一幕第四場のベンヴォーリオの次の台詞である。

  We'll have no Cupid hoodwinked with a scarf,
  Bering a Tartar's painted bow of lath, (1. 4. 4-5)

  スカーフで目隠ししたキューピッドを先触れに立て
  色を塗ったおもちゃのトルコ弓を持たせ

「トルコ弓」(タタール人の弓)とは、イングランド古来の丸みを帯びた弓ではなく、怒り顔の唇を模ったような曲線を描いた形の弓のことで、東洋文化への想像を掻き立てるアイテムである。(このエキゾチックな弓は当時広く流布したローマのキューピッド神話からとられたものであると思われる。)一方、アイルランド人やアイルランド文化への想像を掻き立てるくだりが、同じ第一幕第四場のマキューシオの台詞に見られる。マキューシオが延々と熱く語る「マブの女王」(Queen Mab)の物語は、ケルト民族の民間伝承に因んだものである。
 中世のヴェローナという、敬虔な信仰に基づく伝統的なイングランド社会を彷彿とさせる閉ざされた社会を背景としながら、じつは多様な文化価値が混在し価値が流動化する国際的貿易時代の新しい世界観がそこに介入している、そのような想像世界をシェイクスピアは描いているといえる。作品に表象されている異文化的アイテムのもつ象徴性や意味を紐解く研究が俟たれるところである。

戻る 終了